「家族」にまつわる、思い出の深い曲を、著者・村井理子さんが一言コメントを添えて選曲します。
ぼくは生まれてからずっと失い続けてきた
得るもののない日々を過ごしてきたんだ
どんな夢も、痛みしか残しはしなかった
いつも悲しいだけだった
ぼくはずっと失い続けてきた
そして今、君を失おうとしている
兄の元妻の加奈子ちゃんによると、レイ・チャールズが好きだったらしい。兄ちゃん、寂しかったんだろう。私はなんにもわかっていなかった。
後日、兄と待ち合わせて実家に遺品整理に行ったときのことだ。兄は私を待って、玄関前で立っていた。遠くからも、いつもの不安そうな表情が見て取れた。兄は母が亡くなってからというもの、ひっきりなしに私に対して、俺たちは二人きりの家族になっちゃったなと繰り返していた。俺にはもう、おまえぐらいしかいないんだ。子どもはいるけど、それとは違うもんな。親父とかあちゃんといっしょに暮らしたのは、おまえと俺だけだもん。これからも仲良くしていこうな……という兄の言葉を聞きながら、私は不安になっていた。私には兄以外にも家族がいる。お願いだから、私に依存しないでほしい。
『家族』169頁より
実家の中にある母の遺品をまとめていると、古い写真が何枚も出てきた。母はそんな古い写真の一部を、ちゃんと写真立てに収めて、部屋に飾っていた。すべてが家族写真だった。幼い頃の兄と私が仲良く座っている写真。父と母と兄と私の、唯一の集合写真。私はいらないけど、と兄に言うと、信じられないといった表情で、「じゃあ俺が全部もらっていいか?」と兄は言った。いいよ、私、写真とか興味ないしと言って手渡すと、兄は大事そうに家族写真をまとめて、カバンに入れた。兄はそれを東北に持って行くよと言っていた。思い出の品をまったく欲しがらない私と、すべて欲しがる兄は対照的だった。母と過ごす時間は私よりもずっと長かったはずの兄は、私よりもずっと母の死を悲しがっていた。私も悲しくなかったわけではない。でも私には、母の死後に必要な手続きや支払いが残っていた。兄がやらないのであれば、私がやるしかなかった。だから、母の死を悲しむ余裕が私にはなかった。
ときめきはもうないのね
もう消えてしまったのね
あなたの目を見れば
ため息を聞けば
私に触れる感触から
そう、はっきりわかるの
これらの曲を聴くと、両親と兄の姿が浮かんでくる。
母が頻繁に倒れるようになったのは、兄が高校を中退してからだ。朝、キッチンで倒れ、夕方、トイレで倒れた。私は母が意識を失い、壁に頭を打ち付けるのを、床に顔から倒れ込むのを何度も見ている。朝から晩まで休みなしで働いていたことが原因だろう。父も会社に勤めてはいたが、子どもの私から見ても不自然なほど帰りは遅く、戻ると常に酔っていた。いつも暗い表情をして、めったに笑わなくなった。この頃、両親の夫婦としての関係は完全に破綻していたはずだ。母は父を慕っていたように見えたが、父は母とあまり目も合わさず、まるで母から逃げるように行動していた時期もあった。母の父に向けた愛情は、明らかに一方通行だったと思う。それとも、私の勘違いなのだろうか。
『家族』57頁より